大判例

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広島高等裁判所 昭和37年(ツ)40号 判決 1963年6月03日

上告人 控訴人・原告 佐々木留一

訴訟代理人 松永和重

被上告人 被控訴人・被告 日原福男

主文

原判決を破棄する。

本件を松江地方裁判所に差し戻す。

理由

上告理由は別紙のとおりである。

上告理由第一点について。

原判決の確定した事実はつぎのとおりである。すなわち、

『上告人は、昭和二七年二月一三日に、日原喜志子(昭和八年六月一日生)所有の本件山林一町三反一畝二〇歩を、同人の法定代理人である日原ウメから、右喜志子、ウメ両名所有の他の不動産とともに、代金四五、〇〇〇円を支払つて買受けたが、その所有権取得登記を経由していなかつたこと、被上告人は、昭和三〇年一〇月上旬頃の夕方、右喜志子方を訪ね、同人、前記ウメ、喜志子の内縁の夫渡部秀男に対し、かつて喜志子に貸与した約一、〇〇〇円の返済を求めたが、同人等においてこれが猶予を乞うたところ、同人等が本件山林は上告人に売渡ずみで二重売買になるからと断つたのに、上告人がすでにこれを買受けていたことを知りながら登記のないのに乗じ、前記喜志子等に「本件山林を譲渡してくれ、貸金も返さず譲渡もしてくれないならば願うつもりだ上告人の登記がないから二重売買にならない、受け取つた金は戻せばよい、後の責任は全部自分が引き受けるから心配はない。」等と強く申し向け、同日夜本件山林を代金一一、〇〇〇円と定めて売買契約をなし、作成日付を昭和二五年三月一五日に遡らせた売渡証書を作成したうえ、同日付売買を原因として、昭和三〇年一〇月一〇日に所有権取得登記を経由し、売買代金は右登記の際一、〇〇〇円、その後約三、〇〇〇円が支払われているにすぎない。』というのである。

おもうに、不動産の二重売買において、売主の行為が一般に横領罪にあたることは疑がなく、そして相手方たる買主についてはたんに二重売買の認識があるだけでは、取引自由の原則に照らし横領の共犯たりえないものであるが、原判決確定の前記事実関係によると、被上告人は、二重売買の事実を認識したうえ、買受の申込をなし、前示喜志子等において、二重売買となることを理由として一たん承諾を拒絶したのに、さきの売買は未登記故二重売買にならない、責任は自分が引き受ける等と強く申し向けて喜志子等をして上告人に本件山林を売渡すことを承諾させ、よつて売買契約を締結したもので、たんに二重売買であることを認識したのにとどまらないで、売主をして二重売買を決意せしむべく積極的に働きかけたものと目されるから、被上告人の右働きかけと喜志子の承諾の意思表示との間に因果関係がないこと、あるいは右二重売買が第一の買主たる上告人に財産上の損害を与えないものであること等の特段の事情が認められないかぎり、右は、もはや正常な取引の範囲を逸脱するものとして、取引自由の原則による法の保護に価せず、買主たる被上告人についても前示横領の教唆もしくは共同正犯として犯罪を構成するものであるとの嫌疑が多分に存する以上、公序良俗違反の法律行為として、民法第九〇条によりその民事上の効力を否定するのが相当である。

ところで、原判決は単に被上告人の強迫、詐欺により右売買契約が締結されたるに至つたと認定するにたらず、また右売買契約につき、被上告人に対し刑事責任を問うにたる違法性を認めえないとして、上告人の公序良俗違反による無効の主張を排斥したものであるが、右が前示横領の共犯として犯罪行為にあたらないとするには、前記説明にかかる特段の事情にあたるべき犯罪不成立違法性阻却等の事実を具体的に挙示すべきにかかわらず、なんら首肯するにたるべき理由を示さないものであるから、その判断には、法令の解釈に誤りがあるか、理由不備ないし審理不尽の違法があるものといわざるをえない。

そして、上告人は、前示のとおり所有権取得登記を経由していないが、右二重売買が以上の理由により違法、無効であるとすれば、被上告人は右不動産につき有効な取引関係にたつ第三者といいえないから、上告人は、被上告人に対し登記なくしてその所有権を主張しうるものと解すべきであり、したがつて、上告人は売主喜志子に代位して被上告人に対し、前記所有権取得登記の抹消登記手続を求めうるものといわねばならない。しからば、右二重売買の効力についての判断の違法は判決に影響を及ぼすことが明白であるから論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。

よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、原判決を破棄し、これを原審に差し戻すべく、民事訴訟法第四〇七条第一項にしたがい主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本冬樹 裁判官 胡田勲 裁判官 長谷川茂治)

上告理由

第一点 原判決は

「三、そこで進んで本件売買契約について控訴人主張の公序良俗違反の有無を検討するに当審証人渡部秀男(第一、二回)の証言によると被控訴人は昭和三〇年五月頃当時島根県鹿足郡柿の木村に居住していた訴外喜志子、その内縁の夫訴外渡部秀男、訴外ウメ等方に至りかつて訴外喜志子に貸与した、千円の返済を求めたが猶予を請われ、その際はこれを承諾して右訴外人方に一泊のうえ辞去したこと、同年一〇月頃再度右訴外人等方を訪ねたが訴外喜志子は謹かな右貸金も返済できず又々その猶予を求めたところ被控訴人はこれを容れることなくその日の夕方頃から夜遅くまで同訴外人等が本件山林は控訴人に売渡済で二重売買になるからと断つたのに控訴人が既に本件山林を買受けていたことを知りながら登記のないのに乗じ同訴外人等に「本件山林を譲渡してくれ、貸金も返さず譲渡もしてくれないならば願うつもりだ、控訴人の登記がないから二重売買にならない、受取つた金は戻せばよい、後の責任は全部自分が引受けるから心配はない」等と強く申向け、同夜、本件売買契約が締結されその代金一万一千円としては登記の際内金千円その後金三千円位が支払われているに過ぎないことが認められるが、同証言中控訴人主張に沿う部分は同証言を第一回、第二回を通じて仔細に検討し、且つ同証言(第二回)により真正に成立したと認める乙第六号証の一、二と原審証人日原ウメの証言とも考え併せると、にわかに信を措き難くほかに控訴人主張の事実関係を認めるに足る証拠はない。

右本件事実関係によると控訴人主張のように被控訴人が強迫、詐欺をなし之に基因して前記訴外人等が畏怖し或は欺罔された結果本件売買契約をなすに至つたと認定するに足らず、また被控訴人の行為につき刑事責任を問うに足る違法性を認め得るということもできないとするのほかないから未だ本件売買契約に関して公序良俗に反するものと解し難いので同主張は排斥するのほかない」

と判示している。

しかし

(一) 原審に於ける証人日原忠一の証言(四〇四丁以下)によると、昭和三五年二、三月頃右渡部秀男は同証人に対し昭和三〇年秋頃、被上告人から一、〇〇〇円程度の貸金を請求されこれを返すことが出来ないと言つたところ「それなら山を呉れ」と言い「山は昭和二七年に佐々木さんに売つたのでやれない」と答えたところ、被上告人は「昭和二七年に佐々木(上告人)に売つているなら自分は昭和二五年に遡つて買つたことにすればよいとかお前に迷惑をかけないから」といわれ本件山林の売渡に同意したと語つたことが窺われる。

右日原忠一証言は少くとも被上告人が渡部に対し被上告人の本件山林買取期日を上告人のそれよりも以前に遡らしむるに於ては二重売買等の違法行為にはならず売主には何等の義務を生じないと申向けた範囲に於て渡部秀男の証言と一致する。

(二) 甲第八号証、及甲第一〇号証によると昭和二五年二月頃訴外日原喜志子、同日原ウメは被上告人に対し本件山林を被上告人に売却するに至つたのは被上告人が二重売買をしても罪には絶対にならない又責任は全部持つと言つたから同意するに至つたのであるが、その後検察庁からの取調を受け、刑事上の罪に該ることが判つたから右山林売買は取消すとの意思表示をしたこと明らかである。

そして、その頃訴外ウメが横領罪の被疑者として取調を受けていたことは記録上明白なる事実である。(記録二八八丁、二八九丁参照)

(三) 被上告人が悪意であり、二重譲受も同人からの申出にもとづくことは原審判決の確定するところである。

(四) 被上告人が売買契約書乙第一号証の一、二、に於てことさら契約年月日を昭和二五年三月一五日に遡らしめ、且つ立会人寺田運次郎を用意し、同人をして契約書の作成及び金銭の授受に立会したかの如く偽証せしめたことは原判決の確定事実と第一審に於ける証人寺田運次郎の第二回証言から自ら明らかである。

(五) 被上告人に対し本件山林を二重譲渡した訴外日原ウメは六〇才に近い無学の老婆である。

ところで一般人は不動産の二重売買に対し不正なものであるとの認識を有することは周知の事実であり、又何等の理由なく不正な行為を行うものではないから原判決認定にかかるもの及び記録上明白なる前記諸事情下に於ては前記ウメが本件二重売買をなすに当り犯罪となるか否かを被上告人に確めないことは経験則上あり得ない然るときは原判決確定のように積極的立場を持していた被上告人がこれに対し不動産の二重売買が犯罪とならないことを以て右ウメを説得することは通常の過程である。

原判決の判断は不動産の二重売買が通常正常取引の範囲内に存し買主の不正は一般的にはあり得ないとして、上告人に過大なる立証責任を課しているけれども悪意にして積極的なる買手はそれだけで不動産取引の対抗要件に関する法律制度を悪用するものたること明白であるからかかる買手に対しては寧ろ立証責任を負担せしむべく、本件の如きは特別の事情のない限り被上告人に詐欺の事実を認定すべきである。

いわんや前記(一)乃至(五)の明白なる事実あるに於ては殊更にそうである。

之を要するに原判決の判断は経験則に反する違法のものである。(以下省略)

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